光の中で



 なんだかとても眩しくて、顔に手を乗せる。眠そうに瞬いた瞳が、眩しさの原因が朝日だということに気付く。不満気に顔を歪めてごろりと寝返りを打った瞬間、銀に煌く髪が固まった。
「ル……ル、ヴァ…っ」
 今までならありえなかったこと。起き抜けに愛しい人の顔を間近に仰ぐ、という事態に少なからず驚く。自分の想いを彼が受け止めてくれたから、だからこそ、こんなところに彼が居てくれる。それを思い出して、零れる笑み。

 あまりに幸せな、日常。

 朝日を受けてきらきら輝いているような、そんな錯覚さえ起こしそうになるほど綺麗な肌を、じぃっと見つめる。柔らかな頬にそうっと指先で触れた。褥を共にする間幾度も触れた筈なのに、幾度触れても飽きることがない。
 両想いになったばかりの彼の頬へと、そうっと口付けた。

「ん……」
 微かな声を漏らして小さく身動ぎする。微かな吐息さえも、酷く甘くて。ついつい触れる回数を重ねてしまう。
 大人しくされるままになっている彼の蒼い髪に触れる。どちらかといえば柔らかい部類に入るのだろうその髪も、ゼフェルのお気に入りのひとつで。指先でくるくる巻いてみては解き、つんつんと引っ張ってもみる。



 最初頬をさまよっていた唇が、だんだんと其処以外の所へと脚を伸ばしていくようになる。目元、こめかみ、額。そして、唇。
 そうっと触れるだけでなんだか甘いような気がして、それでもゼフェルの嫌いな菓子のような甘さではなく、淡い甘みを伴う口付けに、いつも溺れそうになる。

 啄ばむような軽い口付けを贈る。幾度も触れているうちに、舌で触れたくなってくる。最初は唇に。それから歯列や口腔を撫で、最後には滑らかで熱い舌に自分のそれを絡めたくなる。想うように唇を這わせ、舌を滑らせてルヴァに触れていく。そんなことをされているにもかかわらず、ルヴァは無防備に眠りの縁をさまようまま。

 深く唇を合わせ、吐息を吸い取るように舌を絡み付かせて吸い上げる。時折甘噛みすると、無意識にひくりと跳ねる様にまた頬が緩む。
 微かな湿った音と共に舌を吸い上げると、くぐもった声が初めて漏れた。唇を離し髪を梳きながら見つめていると、ふわりとルヴァの目が開いた。

「よぉ」
 声をかけてみても、低血圧なのだろうか返事がなかなか返ってこない。とろんと眠そうな表情に焦点のあわない瞳。胸の中でなにかが疼いた。
「…ん……ぁ…ゼ…フェ……」
 ようやく返ってきた言葉を押し込めるようにして、再び覆い被さり口付けるなんてことをしてしまう。寝起き様にそんなことをされても抵抗らしい抵抗を示さないのは、無体をする相手がゼフェルだから。
「んん……っっぁ、あ、ゼ、ゼフェル、…な、に………」

 言葉の続きを唇で奪い、深く蜜を交わして微かな抵抗を剥ぎ取る。差込んでくる朝の日差しに僅かばかり紅い目が細められる。清々しいともいえる光の下での蜜事に、ルヴァは頬を紅く染めた。
「ちょ……ゼ、フェ…も…日、が……っっ」
「別にいーじゃん。休みなんだしよ」
 上半身をルヴァの身体の上に乗り上げて、軽く押え込みながら更に吐息を混ぜこんでいく。



 ルヴァの息がすっかりあがってしまうとようやく、ゼフェルは顔を上げた。頬を仄かに紅く染めて、ルヴァはほんの少し瞳を潤ませる。紅い瞳を見上げてくる青鈍の瞳ににこりと微笑いかけて、最後、頬にひとつ口付けた。
「ルヴァ、おはよ」
「………お、おはようございます、ゼフェル…」
 じ、と顔を見合わせ、顔を真っ赤にしておろおろしているルヴァをひとしきり見つめると、大きな声でゼフェルは笑い出した。蒼の髪に手を伸ばし、ぐいと自分の胸に抱き込む。
 困ったように小さく溜息を付くと、自分からゼフェルの胸に顔を寄せる。微かに声が零れ、その台詞に応えるかのように、蒼の髪にひとつ落される口付け。

 ふと視線を下ろした先にルヴァの首筋が見える。ほんのり紅く染まってはいるけれど、普段から分厚く野暮ったい服で覆っているために真白なままの肌。
 その色を見ながら、ふと想う。

『 雪みてぇな肌 』

 突然湧いてきた考えに、ルヴァを抱き締めたまま呑み込まれていく。



 雪は、穢れることなくいつまでも白いもの、清い存在として、虚空の遥か高みに生をうける。けれど、その白は純粋な白ではない。身を砕き凍てつかせ、幾つもの結晶となって光を尽く乱反射して纏った色。そして、大気中の不純物をもその身に取り込みながら、地上へと降りていく。
 幾重にも傷つき穢れを取り込んで、なお白く其処に在り続けようと、あとからあとから再び身を砕き舞い下りる。自ら選んだ定めではないにせよ、その身に課せられた枷の重さはいかばかりだろうか。

 幾度か見たことのある銀世界の情景が、少しずつルヴァに変化し重なっていく。智を司るものらしからぬ不器用さ ―――― 智を司り理性を保つことに長けているからこそ、の不器用さなのだろうか ―――― と共に永い時間を生き、幾度も傷ついてきたのだろう、深い瞳と時折寂しげにも見える笑み。

 無垢なままに見える彼のなかにも、確かに永い時間が流れている、と、幾度思い知らされただろう。

 その笑みを目にする度に、胸が掻き毟られるような想いにかられてしまう。目の前の綺麗なひとが過ごしてきた、自分の知らない二十数年間。それは、大き過ぎて、重過ぎて。想いを通わせてから幾日も経っていない今の自分では、まだきっとそこまでは抱えられないけれど。



「……あの…ゼフェル…?………どうか、しましたか?」
 ほんの少しだけ苦しそうに、腕の中でルヴァがもがく。物思うあまり、つい腕に力がこもってしまっていたらしい。ゆるりと解いて見上げてくる額にひとつ口付けた。
「ん、なんでもねぇ」
 ほんの少し不安気に見上げてくる青鈍の瞳を、とびきりの笑顔で包み込む。
 きゅ、と抱き締めて、幾度か髪に口付けを落すと、ようやく身体の力を抜いてほうっと安堵したような息を付いた。

 窓の方をふと振り仰ぐと、目に痛いくらいの日差しが相変わらず降り注いでいた。片方の手でルヴァを抱きながら、もう片方をあげて光を遮る。
「うっとーしーくらい、好い天気だな」
 忌々しげな雰囲気で呟くゼフェルにルヴァが笑う。
「あー、折角ですから、森の湖にでも散歩に行きませんか?」
 嬉しそうに頷きながら、釣りの用意やら昼食の献立やらを考えはじめてしまう。今すぐにでも起き出して準備をし始めそうなルヴァを、拗ねたように睨むゼフェル。もっとずっとルヴァを抱き締めたままごろごろしていたい、と雄弁に語る紅い瞳をルヴァは見上げ、くすりと微笑って彼の頬に手を伸ばした。

「久しぶりに、森林浴も好いと想いませんか〜」
 頬に触れる直前、節も無く綺麗に伸びた指を掴まえる。胸の中に抱き込もうとして引き寄せる力をやり過ごし、きゅ、と熱い手を握りかえす。ほんの少し大きくなった紅い瞳にもう一度微笑みかけ、ね?と首を傾ける。む、と睨む顔がゆるりと解けて舌打ちが聞こえた。
「…つ、付き合ってやるよ………仕方ねーなっ」
 ぞんざいな口調の裏に、ほんの僅かな照れ。ふわりと微笑むと、掴まれたままの腕を伸ばしてゼフェルの胸に身体を寄せた。嬉しそうなルヴァから視線を外してぽり、と頭を掻く。

 きゅうっと抱き締めゆっくりと身体を起こす。ルヴァの隣りに座り白い頬に口付け。
「用意、すんだろ? 決めたからにははやくいこーぜ」
「あー、その前に、朝食をとりましょう?」
 ベッド脇の椅子に投げて在った部屋着を羽織り立ち上がる。ふら、とよろける腕を掴まえて胸に抱きとめゼフェルは溜息を付いた。
「だいじょぶか?……あんま、無理すんなよ」
 微笑みながら銀糸に手を伸ばす。手触りが好いのかなんなのか、ルヴァはゼフェルの髪に手を伸ばすことが最近多い。彼のほうから触れてきてくれる、ということに、酷く嬉しくなり笑みが零れた。



 ルヴァが行きたいという、湖にふたりで行こう。誰も居なかったら手を繋いでもみたい。湖畔では隣りに座って、とりとめもない話をしよう。知らない過去は変えられないけれど、自分と一緒の未来なら創ってゆける。
 過去に捕らわれている暇も無いほど、幸せな未来を。

 ……不安がない訳じゃ、ないけれど。それでも、ふたりで居ることを選びたい。



「ルヴァ……好き、だ」
 思わず呟いたゼフェルの目の前で、先の言葉に応えるようにルヴァの唇が動いた。
「わたしも、貴方のことが好きですよ…」



 光に透けそうなほど綺麗な、微笑みと共に。




Fin



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