VOICE
八戒×三蔵



―――――――声ガ、聞コエル。







 闇の中、ふっ……と瞼が開く。カーテンなどという高尚なものなど付いていない簡素な作りの窓から、冴え冴えとした月の光が部屋へと差し込んでいる。その光の中で、碧玉の瞳が漸く焦点を結んだ。く、と視線が動いて、澄んだ球体に欠けた月が映り込む。もう直ぐ満月が近い所為か、蜜色に似た色彩を帯びるそれを、只じっと見詰める。
 やにわに起き上がると、椅子の背凭れから昼間肩にかけている白の布を取り夜着の上にそれだけを羽織る。取ってに手をかけて扉を引くと、温もった室内に夜気がひっそりと忍び込む。ふる、と肩を僅かに震わせて、そのまま廊下へと姿を消した。



 痩躯が立ち止まったのは、奥まったところにある部屋の前。彼の部屋からはそう離れていないところに位置する部屋。硬い木の扉にそっと手を当てたまま数分、立ち尽くす。その口元に、不意に笑みを浮かべたかと思うと、その扉の取っ手に手をかけた。
 安作りな宿に似合わず軋んだ音を立てない扉は、その部屋が取り敢えずこの宿のなかで比較的程度の良い部屋だということを示している。窓際に置かれた寝台を注視したまま、後ろ手で扉を閉めた。
 一歩、二歩。ほんの数歩で寝台の直ぐ傍へと辿りつく。僅かに俯いた横顔には、変わらず月の光が降り注いでいた。



 荒野に響き渡る、声。
 あの荒野は現実のものなのか、それとも。



 枕もとに右手をついて、肩膝を寝台へと乗り上げる。けぶるような金糸。その色彩で飾られる目許はやはり、深い紫暗の瞳と対になって初めて、人の心を射抜く鋭い矢になる。
「それでも、やっぱり綺麗ですね…」
 低く呟いて左手を窓際近い場所につく。白い顔容に落ちる影。顔を落として吐息を近付ける。紅い唇まで、あと数センチ……数ミリ。
「……何やってんだ御前」
 響く声。
「あれ、起きてました?」
「どけ。殺すぞ」
 物騒な言葉に穏やかな声。にこりと細められる碧に、紫暗がひたりと合わせられた。月に透けるような薄紫に見蕩れたように動かない頭を、鷲掴んで押し退けようとする。喉の奥で微かに笑うような音がしたかと思うと、その手首を逆に掴んで寝台へと縫いつけた。
「眠れないんですよ」
 両手を下げさせてその甲に両膝を乗り上げる。無様に足掻くことを好としないその瞳が、じっと碧を見上げた。
「どけ」
 手の平が熱くなる。そのまま頬に当て耳元へ首筋へと滑らせる。
「貴方に殺されるのなら……それもいいかも知れませんね」
 薄い笑み。首にかけられた指に、力が篭る。僅かな息苦しさに紫暗が細められる。もう一度近付く唇。視線を絡めたまま、急くように一度、それから、確かめるように二度。



 眼下の肢体から、力が抜ける。視線はしっかりと絡んだままだから、息苦しさ故の事実ではない。手から力を抜いて、微かに首を傾げてみせる。
「……好きに、しろ」
 けほ、と小さく咳き込む。その喉に顔を近付けて口付ける。
「慈悲……ですか。それとも、憐憫?」
 一番最初に返った応えは、深い溜息。
「俺がそんなことをすると思うか」



 眩暈さえ覚える、声。



「確かに、貴方には一番似合わない言葉ですよねぇ」
 くすくすと笑いながら膝をずらすと、僅かに眉を顰めて幾度か手の平を振った。痛かったですか?すみませんねぇ、と微笑んで見せる彼に、ふん、と金糸がそっぽを向く。
 ちゅ、と耳の裏を吸われて、ひくりと肩が動いた。裾から手が忍び込み、暖かい肌を暴いていく。
「く…っ」
 胸を弾いて、片手で下肢を弄る。服の上から幾度か扱いただけで頭を擡げる様に、笑みが零れた。
「随分、はやいんじゃないですか」
 その言葉にあからさまに厭そうな貌をする。歪んだ瞳に口付けて、湿った眼球に舌を差し入れる。柔らかい感触と、確かな抵抗。逃げる顔を追いかけて深く唇を重ね、柔らかな舌を吸い上げて、優しく喰む。
「シたかった、ですか?」
「莫、迦……言え…っ…」
 胸へと滑り降りた唇が尖りを捉えて歯列が甘く噛む。震える肢体をもっと味わいたくて左手に力を込める。
「……は…、っ…」
 立ち上る欲望と、息衝く欲情。



「もっと、声を……」



 下肢に纏いつく布を取り払われ、滑る口腔に捕らわれて、仰け反る肢体。



「…貴方の声を、聞かせてください」





 独り横たわる孤高の月を貶めるために。













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