2010.09.14 UP

半 分
〜2〜


 隣の棟へ向かう二人と手を振り交わし、高原と花村は目の前のシャワー室に入った。
 室内は思ったより熱気が篭っていなかった。入って直ぐにある衝立を避けて奥に入ると、更衣所とシャワー室の間を仕切るガラス扉が見えた。天井からは換気扇の回る音が聞こえてくる。へえ、と感心したような声を上げて、花村は物珍しそうに辺りを見回した。
「花村、ここ使って」
「あ、おう」
 壁面に並ぶ荷物置きの棚はほとんど埋まっていた。高原の示す先を見ると、下段の隅に2箇所、棚が空いているところがあった。壁際の棚へ荷物を置く高原を見ながら歩み寄った花村が、その隣の棚へと自分の荷物を置く。
「あの二人出てくるの早いから少し急ごう」
「分かった。腹も減ったしな」
「ん」
 汗にまみれた服を脱ぎ始めて間もなく、シャワー室からカーテンを引くような音が聞こえてきた。カラリとガラス扉が開く音に気付いて振り返ると、さっぱりした面持ちの生徒がシャワー室から出てきたところだった。額に落ちた前髪を片手で掻き揚げながらガラス扉を閉めた彼に、高原がぺこりと頭を下げる。
「お疲れさまです」
 少し畏まったように挨拶を返す高原の様子からすると、サッカー部の三年生だろう。花村は高原に倣ってぺこりと頭を下げた。
「…お疲れさま、っす」
「お、助っ人ありがとうな。おつかれさん」
 笑顔と共にそう返された花村は、少し照れくさいような面持ちでもう一度頭を下げた。そこへもう一人、シャワーを終えた生徒が更衣室へと戻ってきた。
「あっちー。やっぱ扇風機欲しいよなー…っと、おつかれー」
「お疲れさまです」
「あ、お、お疲れーっす」
 花村は部活動自体にあまり馴染みがない。こういう状況に慣れていないので、声を掛けられる度に動きが止まってしまう。シャワーを浴びるための準備がなかなか進まない。
 一方高原はというと、サッカー部に所属してもう数ヶ月が経っていて、大分慣れているようだった。チームメイトと挨拶を交わしながらも準備を着々と進めていく。
「そうだ、シャンプーとか持ってきてないだろ? 後で貸すよ」
「え。ああ、サンキュ、助かる」
 応えながら見ると、高原の準備はほとんど終わっていた。花村は慌てて下着を脱ぐと棚へ突っ込み、持ってきていたタオルを引っ張り出して腰に巻いた。それをちらと見遣り、高原はシャワー室へと足を向けた。
「行こっか」
「おう」
 ガラス扉を開くと、中からむわりと熱気が押し寄せてくる。う、と一瞬顔を顰めながら、二人一緒に入っていった。
「おま、ちゃんと身体拭いてから出て来いって! 床びしょびしょだろー」
「ごめんごめん、すぐ拭くし。んな怒んなよ」
 ガラス扉を閉めようとしたところで聞こえてきた上級生二人のやり取りに、花村は思わずくすりと笑ってしまった。それに気付いた高原も同じように笑う。
「あの人たち、いつもあんな感じ?」
「うん。同クラだから仲良いらしいよ」
「へえ? にぎやかでいいな」
 他愛ない言葉を交わしながら、シャワー室の中をぐるりと見回した。手近なところはまだシャワーカーテンが引かれていたので、奥へと向かう。
「そっち使って。俺、こっち使う」
「ん、おう」
 二人は空いていた一番奥の個室へ左右に分かれて入り、ほぼ同時にシャワーカーテンを引いた。



 高原はシャワーノズルが据え付けてある壁へ向き直ると、浅くため息をついた。
 今日の練習試合は本当に楽しかった。正直、今までにない出来だったと思う。
 調子が上向き始めた長瀬を中心として、なおざりな練習態度を改めた結果見違えるほど動けるようになったチームメイトがそれを支える。チームがチームとして機能するようになってから、初めての練習試合。そこに、前からそれとなく勧誘を続けている花村が人数合わせの手伝いとはいえ臨時で加入してくれた。これでテンションがあがらなかったらおかしい。
 ノズルから勢いよく降り注ぐ湯の温度を少し低めにして、頭を突っ込む。汗でべたついていた身体を流れていくシャワーが心地いい。目を閉じて、今日の試合を思い返す。
 パスをトラップしたところへスライディングタックルしてきた相手をなんとかかわし、ドリブルでゴールへと向かう。ドリブルを何とか止めようと追いすがる相手を尻目に、いち早くゴール近くへと走り込んでいた花村へセンタリングを出した。急いて少し力んでしまったらしく、狙っていたより大分低い軌道を描いてボールが飛んでいく。これじゃシュートは無理か、と諦めかけたその時。落下地点に走りこんできた花村が体勢を崩しながらもボレーシュートを放った。不意をつかれたゴールキーパーの腕を擦り抜けて、白いゴールネットにボールが吸い込まれていく。鳴り響くホイッスル。―――先制点、だった。
 初得点の光景を脳裏に思い浮かべながら、いつの間にか顔が緩んでいる自分に気付く。ボールへ食い付いていこうとする姿もボレーシュートも無駄が多くて不恰好だったけれど、そもそも未経験の人間にそう簡単にやってのけることができるようなプレイじゃない。けれど、ボールに追いつくべき時は追いつき、シュートを決めるべき時にはどんな恰好でも決める、その姿に試合中だというにも関わらず見惚れていた。自分がゴールを決めたわけでもないのに、両手を握り締めてガッツポーズで吠えたくなった。
 花村のシュートをアシストして1点決めて高揚したその勢いのまま試合を進め、練習試合に勝利した。良い試合にテンションあがってるところへ、汗だくで同じくテンションあがってる花村―――しかもまだ少し顔が赤い―――がすぐそこに居るなんて、ネギ背負った鴨か何かにしか見えない。
 そう見えても仕方ないよなと思う一方で、まだ学校なのにそんなこと考えてる自分はどうしようもないヤツだなと思う。
 取り敢えず頭が冷えればもう少し落ち着くだろう。湯というよりは水に近いシャワーを浴びながら、両手で両の頬をぱしんと叩いて、目を開けた。
 シャンプーのボトルを拾い上げて、中身を手の平へ適当に取って髪を洗う。首から背中へと流れていく水流に、身体の中に溜まった熱が少しずつ下がっていく気がした。
 そうして髪を洗い終える頃には、大分落ち着いた気分になっていた。ふう、とため息をついて、濡れた髪を掻き揚げる。いつもは長めの前髪を全部下ろしているから、こうすると随分と視界がひらけて見える。
 それから顔を洗い、最後に身体、とボディーソープを手に取ったところで、高原は自分を呼ぶ声に気が付いた。シャワーカーテンの向こうに人影が見える。ああ、と思う間もなく、カーテンの端をそろりとめくって花村がひょっこりと顔を見せた。片足を思わず半歩後へと引いてしまう。
「高原悪ィ、シャンプーとか貸して貰えっか?」
「あ、ああ、…そうだな、持ってきてなかったっけ。―――ほら」
 笑顔で返しながら、床に置いていたボトルを拾い上げて差し出す。サンキュ、と花村は満面の笑みでそれを受け取ると、そのままシャワーカーテンの向こうへと姿を消した。
 はあ、と高原は何度目かになるため息をついた。格好悪いな、と自嘲めいて頭を掻き、改めて身体を洗おうとシャワーボトルのふたに手を掛けた。
「―――っう、わあッ…!」
 シャワーカーテンの向こうから不意に、悲鳴じみた花村の声と、それに続いて何かが床に落ちるような鈍い音が聞こえてきた。何事かと高原は少し慌てて花村の居る個室のシャワーカーテンを開け、中を覗き込んだ。



つづく

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