2009.04.05 UP ― 犬+主

消えた涙の行方
〜4〜


「―――じゃあ明日、12時に新宿御苑の入り口で!」
『りょーかい! それじゃ明日ねッ』
 耳許へ届く懐かしくて元気な声に、自然と笑みが浮かぶ。少し迷ったけれど、一番最初に小蒔へ電話して正解だった。いきなりの電話にも関わらず、明日、予定を空けてくれるらしい。それだけじゃなくて、10年前一緒に戦ったみんなにも声をかけてくれるという。教職に就いた美里、地道に戦績を重ねだんだん名前が売れてきてるらしい醍醐に、弓道大会でよく顔を合わせているらしい織部妹、順調に看護師の道を歩んでいる舞子、といった懐かしい名前を実際に聞いてようやく『東京に帰ってきた』という実感が湧いてきた。
 けれど、そこはかとない違和感は今も、頭の片隅で燻り続けている。小蒔の元気な声でかなり気分が晴れたような気はするけれど、やっぱりなんだか落ち着かない。その理由を考え、けれど思い当たることがなくて止めて、それでもまた気になっていつの間にか考えている。不毛だ。
 頭を掻きながら、携帯へと改めて視線を落とした。ひとりで居るから、ついつい考え込んでしまうのかもしれない。今日これから会えそうな奴、誰か居ないだろうか。そう思いながらメモリを辿ってみる。
 小蒔が連絡先知ってる奴なら予定さえ空いてれば明日きっと会えるだろうし、取り敢えずそれ以外の―――小蒔とはあんまり連絡とってなさそうな奴にかけてみよう。…かなり前に聞いたきりだから番号が変わってるかもしれないけれど、それはそれで仕方無い。
 よし、と適当に決めて通話ボタンを押そうとしたところで、不意に呼び止められた。
「おい、―――――やっぱ先生じゃねェか。どうしたんだこんなとこで」
 聞き覚えのある声と言い回しに足を止め、声のした方へと顔を向けた。そこに居たのは、相変わらず胡散臭い格好―――白いスーツに蒼のシャツ、なんて着てる奴、そうそう居ない―――をした村雨だった。
「村雨!」
 偶然で突然な再会に少し驚いたような、そしてどこか嬉しそうな笑みを浮かべている村雨に、軽く片手を挙げながら駆け寄る。
「久しぶり。相変わらず目立つ格好してるなぁ」
「格好イイだろ? しかし、元気そうでなによりだ。…日本離れてたんじゃなかったのか」
 挨拶を交わしながら、どちらからともなく拳を作り軽く打ち合わせて笑う。
 高校卒業してからオレも結構背は伸びた方だと思っていたけれど、それ以上に村雨もデカくなっていて、ちょっと口惜しい。少し上にある顔を見上げながら、うん、と頷く。
「そうなんだけどさ、高校卒業してちょうど10年経つし、…みんなに会いたいなと思って」
「―――それだけかい?」
 オレの台詞から数秒の間を置き、どこか腑に落ちないといった様子で村雨は首を軽く傾げて、そう訊いてきた。
 改めて訊かれてみると、確かに自分でも首を傾げてしまう。なんとなく『帰ってみようかな』と思い立って来ただけのような気もするし、そういう訳でもないような気もする。卒業してから3年後でも5年後でもなくて、『このタイミングでなければならない理由』があったような気はするけれど、思い出せないってことは多分、そんなにたいした理由はなかったんだろう。
「うん、―――そう、だと思う。…おかしいかな」
 首を傾げたまま曖昧にそう応えると、村雨はオレの顔を見ながら『ふゥん?』と曖昧に相槌を打った。
「…まァなんにしても、こんな雑踏の中で先生を見付けるたァ、俺のツキも健在だな」
 にやりと笑いながら片目をつぶってみせる村雨は、記憶の中の姿と比べ全然変わっていなくて、つい吹き出してしまう。
「確かに、連絡もしてないのにこんなところで偶然会うなんて出来過ぎだ。さすが村雨」
「…出来過ぎついでに、この後予定空いてるならちょいと付き合わねェか?」
「予定なら何にもないし、それはむしろ大歓迎だけど、…どこいくんだ?」
「イイとこだ」
 意味ありげに村雨はそう言うと親指を立てて表通りの方向を指し示し、おもむろに歩き出した。
 どこへいくんだろう、と首を傾げながらも後を追う。暫く歩き表通りへ出ると、その目の前に空車のタクシーがちょうど通りかかった。村雨は軽く手を挙げてそれを止め、こちらを振り返る。
「乗れよ。…ちょっと距離あるからコイツで行こう」
「あ、―――うん」
 相も変わらぬ運の良さに『さすが村雨』と一人感心しながら、頷いて一緒に乗り込む。村雨が行き先を運転手へ告げると、タクシーはゆっくりと走り出した。



 窓の外を流れていく新宿の街並みを眺める。記憶にあったビルのいくつかが姿を消し、記憶にないビルが幾つも立ち並ぶ。その景色に、10年間という時間が確かに流れたのだと知らされる。
「先生、こっちにはいつ来たんだ?」
 ちょっとした感慨に思わず溜息を零していると、そう問いかけられた。広いシートの上で向きを変え座り直して、こちらを向いている村雨を見遣る。
「一昨日の夜、成田に着いたんだ。その日は遅かったら新宿来ただけで何も」
「昨日は何してたんだ?」
「んーと」
 視線を向けたまま背もたれへと身体を預け、力を抜く。
「平日だったから真神行ってきた。―――卒業して大分経つからかな、凄く懐かしかった」
「へぇ。俺ァよく判らねェけど母校ってのはそんなもんかね。…しかしよく入れたな。ここんとこ日本も色々物騒で、卒業生でもおいそれと入れねェって聞くが」
 後ろ半分、声を潜めるようにして言う村雨に、同じく声を潜め少し顔を寄せて応える。
「そうらしいね。…でもオレ別に何をする積もりもないし校内見て回りたかっただけだから、いいかなと思って。仕事柄見付からようにしてあちこち行くのは得意だし」
 村雨は少し驚いたような顔で、まじまじとオレの顔を見た。
「…また物騒な仕事してンじゃねェだろうな。先生らしいッちゃらしいけどよ」
「真っ当な仕事―――とは言えないかなぁ。でも、面白い仕事、だよ」
 ウインクよろしく片目を瞑って見せると、ぷっと吹き出して村雨が笑う。
「まァ俺も真っ当な仕事してるとは言えねェしな。面白いならいーんじゃねェか」
「だろ? …で、校内見て回って、旧校舎地下もせっかくだから見に行ってついでに潜ってみたりして、真神で一日過ごして、今日に至る―――ってトコかな」
「相変わらず物騒なコト好きだな、先生は。…ん、そういや真神に居た知り合いには会わなかったのか?」
「あー、…うん、担任の先生は途中で辞めちゃって、―――昨日見た感じだと事務の人くらいだったかな、知ってる人は」
 こっそり中へ入り込んでいたから声掛けられなかったけど、と言葉を続けながらふと村雨を見ると、なんだか妙な物でも見るような顔をしていた。
「…あれ、オレなんか変なこと言った?」
「いや、そうじゃねェんだが、………前に先生が―――」
「お客さん、ここでいいですかね」
 村雨が何か言いかけたところでタクシーが止まり、運転手がそう訊ねてきた。言いかけた言葉を飲み込むようにして村雨は運転手を見遣り、次いで窓の外へ目を向けて、ああ、と頷く。
「ここでいい。ありがとさん」
 懐から無造作に千円札を数枚取り出し運転手へと手渡した村雨が、顎をしゃくるようにして『外へ出ろ』と促してきた。先に車外へと出て村雨を待ちながら、半分位は渡さないと、と思い、財布を取り出す。
「お客さん、ちょっと、お釣り!」
「いーよ、大した額じゃねェし。小銭重いから取っといてくれ」
「村雨、これオレの分―――」
 ひらりと手を振りながらタクシーを降りた村雨に千円札を差し出そうとすると、苦笑と共に押し返された。
「俺の用事に付き合わせてるンだから気にすんな。それより、さっきの話だけどよ」
「村雨がそう言うならいいけど、―――さっきの話、って?」
 行き場をなくした千円札を財布へとしまいながら、首を傾げて村雨を見た。
「いやほら、真神の―――」
「村雨、遅いですよ。時間くらいいい加減守りなさい」
 覚えのある声に視線を巡らせると、旧家らしい風情を醸し出している立派な門の側、通用口と覚しき戸口に懐かしい顔を見付けた。
「芙蓉! ―――芙蓉だ、久しぶり!」
「―――龍麻さま、お久しぶりです。…こちらへは、どうして?」
「村雨に連れてきて貰ったんだ。芙蓉が居るってことは、ここって御門の家?」
「そうですか、村雨が…。ええ、そうです」
 本当なら村雨だけが来る予定だったんだろう。相手が御門ならきっと仕事の話だろうし、誘われるまま来てしまったのは失敗だったかな、と少し申し訳なくなる。
「お前な、早速バラすなよ。ご丁寧に入り口まで出迎えに来やがって…中まで連れてって驚かそうと思ったッてのに」
「村雨はもう、そんな風に言うなよ。―――ごめんね、芙蓉。仕事の邪魔になるだろうし、今日は帰るよ。まだ暫くこっちには居るし、日を改めて遊びにくる」
 そう行って踵を返そうとすると、村雨に腕を掴まれ引き戻された。
「先生が邪魔だなんてあり得るかよ。寧ろ感謝されていいくらいだ」
「村雨はともかく、龍麻さまだけは丁重に奥へお通ししなさい、と…晴明さまも言っておられますので、どうぞお気になさらず」
「―――ほら、な?」
 深々と頭を下げる芙蓉をちらと見遣り、村雨が片目を瞑って笑う。
「俺がどうでもいい、ってのは気に食わねェが。先生が気にするこたァねぇ。奥行こうぜ」
「…龍麻さま、こちらへどうぞ」
 村雨の言葉を無視するように芙蓉が緩く手を動かして方向を示し、先に立って歩き出す。村雨を見上げると、村雨もオレのことを見下ろしてきたから、つい軽く吹き出してしまった。
「あーもういつまで経ってもいけ好かねェ。…取り敢えず行こうぜ先生」
「そんなこと言うなよ。―――うん、行こう」
「じゃあ先生も笑うのやめろよ」
「…だって面白いんだもん」
「…先生も大概酷ぇよな」
 くすくすと笑いながら、通用口を潜って邸内へと足を踏み入れる。
 そういえば御門といえば術の大家だよな。…術、というよりは陰陽術、か。術の修行に最近行き詰まってるし、ちょっと系統違うけど何か参考になること聞けないかな。と、偶然訪れた好機に心を躍らせながら、飛び石を伝い歩いていく。
 ―――――そういえばオレは、どうして術の修行、していたんだっけ。得意の徒手空拳を極めたならそれでいいような気もするのに。
「…うーん」
「先生、どうかしたか。腕組んで唸って」
「え、あ、ううん、何でもない」
 後ろから村雨に声をかけられ、肩越しに振り返りながら頭を軽く左右に振る。苦手分野を出来るだけなくしておいた方が、今の仕事にも役に立つ。だから、だよな。
 少し違和感を覚えながらも、それしかない、と自分で自分を納得させるように頷きながら、御門に会うべく日本庭園を奥へと進んでいった。




<つづく>

モドル ススム

カエル