村京で醍主って……（死）

距　離

　近いようで果てしなく遠い関係、というのは、こういうことを言うのだろう。

「よォ、大将。今帰りか？」
　聞き覚えのある大きな声。荷物を背負い直しながら振り返ると、見知った顔が笑っていて。
「あァ、ふたりも今帰りか……って、龍麻、御前今まで待ってたのか？」
　空はもう薄暗くなってきていた。もう少しすれば一番星が姿を現す刻限。帰宅部の筈の緋勇がまだ校内に居るということは……誰かを待っていたのだろうか。蓬莱寺から視線を移した醍醐を見て、苦笑しながら緋勇が肩を竦めて見せた。
「ちょっと遠野につかまっちゃって」
「ついさっきようやく解放されたところなんだとさ」
「それは災難だったなァ」
　種明かしは至極呆気なく。心の何処かで少しでも期待してしまった自分に苦笑しながら一歩踏み出す。

　どこの部活もそろそろ終わりの時間で、ちらほらと帰途につく学生服姿が校庭を横切っていく。３人も同じように校庭を横切ると、正門から続く長い坂を降りていった。
「な、これから歌舞伎町あたりまで繰り出さないか」
「男３人でか？」
　呆れたような醍醐の台詞に、蓬莱寺が意味ありげな笑みを浮かべる。
「まーまー、明日は休みなンだし、遊んで行こうぜ～っ」
　勝鬨でもあげるかのように、手に持った木刀を高々と振り上げる。些か逡巡し首を傾げる広い肩を振り返りながら、緋勇がにっこりと笑いかけた。
「久しぶりだし、醍醐も一緒に行こう？」
　精悍な顔を過ぎる複雑な表情。余程注意して見ていなければ判らないくらいの微かな変化。覆い隠しながら笑みを創り、醍醐は小さく溜息をついてみせた。
「そうだな、たまには男３人もいいかもしれんな」
「そうこなくっちゃ！」
　へへっ、と嬉しそうに微笑いながら、蓬莱寺が軽く駆け出す。
「そうと決まれば急ごうぜっ」
「おい、京一ッ」
　いきなり駆け出した背中に慌てて声を掛けたが勢い付いた脚は止まることはなく。人ごみに紛れてしまいそうになる蓬莱寺の姿を追いかけるようにして２人も走り出した。
「いったい何をそんなに急いでいるんだか……」
「さあ？」
　相変わらずの呆れ顔に苦笑しながら、緋勇は腕を伸ばしてぽんぽんと醍醐の肩を叩いた。
「とにかく、見失わないようにしなきゃな」
「まったくだ」
　緋勇の手が触れた部分が何故だか熱く火照るような気がして、醍醐は前を向き走り出しながら、ぎゅっと己の肩を握り締めていた。

◇　　　◇　　　◇

　薄暗かった空はあっという間に闇を纏い、街はネオンに彩られて人を誘惑し始める。
　暫く走っていた蓬莱寺は、繁華街に入ると急に速度を落とした。どうやら周囲を行き交う着飾った女性達に気を取られたらしい。ようやく追いついた２人はそんな彼の様子に、『やっぱりこいつらしい』と肩を竦めて苦笑した。
「あれ……そういえばここらへんって、村雨の縄張りじゃなかったっけ」
「そういえばそうだな」
　記憶を辿れば、確かに初めて村雨に出会ったのは今歩いているこの界隈だった。ふと蓬莱寺に目をやると、何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回している。
「どうかしたか、京一」
「え？……あ、いや、ちょっとなっ」
　安心したように小さく息をつくと、一軒の店を示してにっと笑った。
「こないだちょっと入ったんだけどさ、ここの店長がすっげ～美人なんだよっ」
　嬉しそうに話す蓬莱寺に、醍醐は『やっぱり』というような貌で腕を組み大きく溜息をついた。慰めるように醍醐の肩を叩きながら緋勇は肩を竦めて笑う。
「そんなことじゃないかとは想ったが…」
「ま、そんなとこが京一らしいといえばらしいし」
　流石に２人の呆れたような様子に気が付き、むうっと口を尖らせてしまう。
「なんだよ、２人とも。折角ここまで来て『帰る』なんて言わねェだろーなァ？」
「あ……」
　腕を組み拗ねたような表情を見せる蓬莱寺の背後に人影が落ちる。本人は気付かず、対面に居た緋勇と醍醐が先に気付いて微かに声を上げた。その声でようやく背後の気配に気が付いた蓬莱寺が後ろを振り返ろうとした瞬間、伸びてきた腕にがっと首を締め上げられて情けない声を上げる。
「っげ、ぁ、あんだよっっ？！」
「よォ、久しぶりだな、ダンナ」
　眼下で己が首を締め上げる腕は白い学生服。都内でも白い学生服などそうそうありはしない。しかも、背後からかけられた声は確かに聞き覚えのある声で。
　おそるおそる振り返った蓬莱寺の眼前で、にいっと笑って見せたのは。
「っな、てめぇ、村雨ッ！」
「最近見かけねェから、どうかしたのかと想ってたぜ」
　更にきつく締め上げようとする腕を振り解いてなんとか逃れ、ぜいぜいと荒く息をつきながら首を擦る。あまりの慌てように思わず苦笑した緋勇が村雨へと視線を向ける。その隣で、醍醐が僅かに眉を寄せた。胸で疼く小さな痛みを握り潰すように、きつく拳を握り締める。肌色が白くなるほどに握られた拳をちらりと一瞥すると、村雨は視線を緋勇へと戻してもう一度笑ってみせた。
「今日は秋月の所に居なくていいのか」
「あァ、今晩はちょっとあってな。御門がつきっきりで今頃術式の真っ最中だろうよ」
　腕のなかから居なくなった身体を視界の端で追い掛ける。ここまで出張ってみて正解だったな、と、村雨は口の端で微かに笑った。

ススム

カエル