砂の海に埋もれた種子
〜 1 〜
天斗






 うねる流砂。どこまでも続く砂丘。見渡す限りの、砂、砂、砂。


 ぎらぎらと照り付ける太陽が砂に反射して、眩しくさえある。遠く見える砂丘の稜線は、立ち昇る熱気でゆらりと歪んでいた。程近い砂の上を、蠍がかさかさと歩いていく。多様な生の営みはすでに此処には無く、ただ小さな生き物がその日を暮らしているだけ。人など、到底住めるような場所ではない。僅かに点在するオアシスと呼ばれる水場にしがみ付き、その生を繋いでいた。
「おーい、ルヴァーっ! んなとこでなにやってんだよっ」
 今回の出張における『被保護者』のひとりが、熱砂を蹴り上げながら駆けてくる。ゆったりした白いローブで足首まで覆い隠した人影が、その声に応えるようにゆっくりと振り返った。


「あ〜、ゼフェル、もう今日の御仕事は終ったんですか?」
 のんびりとした声に、ゼフェルが頭を抱える。
「ひがな一日こんなとこでぼーっとしてる、頼りねぇ保護者を迎えに来たんだよ……んっとに、脱水症状で倒れても知んねーぞ?」
 そんなに時間経ってましたかねぇ、と苦笑しながら、さくさくと砂を踏みしめてルヴァはゼフェルの方へと歩み寄った。日の光に肌を晒している教え子の姿に、慌てて捲り上げている袖や裾を下ろしにかかる。
「な、なにすんだよ、あちーじゃねーかっ」
「ああ、もう……ちゃんとローブを着なければ駄目ですよ〜。此処は聖地ではないのですから、最低限の処置はしておかないと……」
 そう言われてしまうと反抗できなくなってしまう。するに任せ、ルヴァと同じようにすっぽりと身体を布で包み込む。慣れていない所為もあり、酷く熱く感じてしまうゼフェルは、最後の抵抗とばかりに襟元を僅かに寛げた。それを見て、仕方がない、といった風情で苦笑するルヴァ。
「マルセルは、まだ帰ってきていないのですか?」
「んー、もうちょっとかかるんじゃねーの。今日で3日目、むこうじゃいっちばん盛大に祝う日みてーだからな」
 はたはたと喉元の布を摘みながらはためかせ、僅かながら風を取り込もうとする。ところがはいってくるのは熱気ばかり。溜息をつき半ば諦めたように、ゼフェルは腕をだらんと下ろした。









 ルヴァとゼフェル、マルセルの3人は、辺境のこの惑星で行われる祭礼に出席するため、聖地を出てきていた。目標の惑星は、湿潤で緑豊かな大地と、鉱物資源に恵まれ工業が発達している大地と、そして雨のほとんど降らない乾いた大地で構成されている、表情豊かな惑星だった。
 マルセルは、緑豊かな大地に住みその地での神事を司る古の部族の祭礼に、ゼフェルは、工業の発達した大地に住まい民を纏める長の執り行う祭礼に、それぞれ出席するようになっていた。そしてルヴァは、まだ年若いふたりの保護者として、双方の祭礼の執り行われる地の丁度中間に位置するこのオアシスに宿を設けた。人里から離れた場所であるため興味本位に近付く者も無く、3人にとっては都合の好い宿だった。


 人里離れているとはいえ、守護聖の滞在する場所であるため必要最低限の傍仕えは常置されていた。欲しい物があれば直ぐに調達もでき、そういう意味での不具合は全く無いといってよかった。
 祭礼が早々に終った日は、ゼフェルとマルセルは連れ立って水場へ行き、水浴び等をして涼をとった。その楽しげな様子を、相変わらず白いローブを纏ったルヴァがにこにこと眺める。そうして、一日一日が過ぎていった。









 日が落ちると、昼間の酷暑が嘘のように涼しくなる。
 夕方、マルセルから連絡が入った。夜に祝宴が持ち越されたので帰りが遅くなるという。その話を聞いて、ゼフェルはひどく羨ましがった。もちろん、祝宴に付き物の酒が目当てなのだろう。ちえーっ、と悔しそうな顔をする。
「あの〜、ゼフェル、御夕飯の前に御湯をつかってきたらどうですか?」
 頬を膨らませている彼にそう提案する。もう一回舌打ちをしてから、掛けてあったタオルを引っ掴んでゼフェルは外へ出て行った。星空を見ながら湯浴み出来るようになっている此処の湯殿が随分気に入っていたゼフェル。暫くすると、帳のなかから水音に混じって、機嫌の良さそうな鼻歌が聞こえてきた。
 それを聞きながら、ルヴァは胸を撫で下ろすようにして微笑んでいた。


 夕食が終り、それぞれの部屋に戻る。今日は風が静かで砂埃がほとんどたたない。ゼフェルはもういちど湯浴みしようと湯殿へ向かった。
 身体に湯もかけず、ざぶんと湯船に飛び込む。ざば、と縁から溢れていく湯が、こんな場所では酷く贅沢に見える。目を瞑って頭まで湯にもぐり、またざばっと顔を出す。猫が身体についた水を振り払うようにぶるぶると顔を振り、気持ち良さにくしゃりと顔を綻ばせて笑った。
 空を見上げると、満天の星。月が雲に隠れているので、今は星がよく見える。聖地に居ると、どうしても工作室に篭もりがちになってしまい、こういう空を見る機会がなくなってしまう。それだけになんだか新鮮で、湯に浸かりながらいつまでも眺めていた。


 すうっと黄金色の光がさす。月が顔を覗かせ始めたために、弱い星の光が呑み込まれていく。冴え冴えとした光輝に目を細めながら暫く見詰める。ふと水面に視線を落すと、月の影がゆらゆらと揺らめいていた。それを崩すかのように、沈めていた手をぱしゃっと持ち上げて、顔を洗う。ぶんぶんと雫を払う視界の隅に、見慣れた影が映った。
「………?」
 ざぶっともう一度肩までつかると、勢い良く湯船を出る。大きいバスタオルと格闘しながら昼間とうってかわった軽装に着替え、その影が消えた方向へ歩いていった。















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