寄せる想いと変わらぬ願い

〜1〜



「…えー、これまでの観測結果を踏まえますと、本惑星において不足している力とその割合は次のようになります」
 のんびりとした調子の声に応じ、映像が切り替わった。黒一色に微かな光を散りばめた宇宙に浮かぶ美しい惑星の映像を背景に、5つの色で塗り分けられた円グラフが浮かび上がる。
「この惑星の時間に換算して…これから約100年の間は、大きな変化が起こる可能性はさほど大きくありません。しかし、その100年を過ぎた辺りから、不足する力の割合が大きく変動する、…という予測結果が得られました」
 説明する口調には些かの淀みもない。映像へと視線を向け言葉を継ぐ横顔は、寧ろ楽しげに見える。
「この変動が起こらぬよう、…そうですねぇ、もし起きてしまったとしてもできるだけ小さい規模に留めることが肝要と云えます。…えー、そのためにですね、当初50年程…でしょうか、このグラフ上で一番大きな割合を占めている光と闇の力を惑星へと送り、状態がもう少し落ち着くのを待ちます。その後、グラフ上で次に割合の多い水と風の力を送るようにすれば、急激な変化を与えずに状況を好転させることができるでしょう」



 主星からそれ程遠くない位置に在る惑星の変調が伝えられたのは、1週間ほど前のことだった。
 惑星の変調に一番影響を与えないだろうという陛下の判断により、地の守護聖ルヴァが研究院の現地調査班に同行し、直ちに調査が開始された。
 地の守護聖が同行しているだけに、不足しているサクリアの種類は現地到着後間もなく判明した。が、現地の状況は混沌としており、不足しているサクリアの割合はなかなか突き止められなかった。そのため、惑星へ与える影響を最小限に留めながら平常な状態へ戻すためのしっかりとした方策が立てられず、現地からの緊急要請に応じてサクリアを送る、といったいわば対処療法的な処置に終始せざるを得ない状況にあった。
『―――ということで、当面の間、各執務室にて待機をお願い致します』
『急な話だが仕方あるまい。…皆、いつ呼び出しがあっても応じられる態勢で居るよう留意してくれ』
 補佐官の招集に応じて集った守護聖を見渡しながら、首座である光の守護聖ジュリアスがそう声を上げた。
『めんどくせーなぁ。いつまで居りゃあいいんだよ』
 壁に寄りかかり面白く無さそうな顔で問う鋼の守護聖ゼフェルの声に、補佐官は幾らか苦笑しながら返答する。
『そうですね、…現地調査班が収集した資料の分析が終われば、幾らかは緩和できると思いますが、……何分先の読めない状況です。御不便でしょうがよろしくお願いします』
『私だっておっきなお風呂でゆっくりするの諦めるんだから、アンタも少しくらい機械弄り我慢なさいな』
『そんなんかんけー無いだろーが!―――ってめ、頭触るんじゃねェ!!』
 宥めるような手付きで頭を撫でようとするオリヴィエの手を、ゼフェルはすんでの所で払い除けて逃げた。
『…ま、仕方無ェか。非常事態って奴だしな』
『そうだね。…ぁ、ロザリア、チュピはこっちに連れてきても…いい、かな?』
『ええ、構いませんわ。ただ、余り長い間執務室を離れておいでですと、何かあったとき対処が遅くなります。その点については御注意下さいね』
 守護聖達が執務室に常時待機となり、惑星の変動に応じてサクリアを送る、という日々が始まってからちょうど5日目の一昨日、現地調査班が聖地へと帰還した。事は一刻を争う、とその足で収集観測データの分析に入り、更に2日。調査結果を携えたルヴァを迎え、この会議が開かれたのだ。



「現地調査の資料と聖地からの観測を合わせれば、サクリアの状態を見誤ることはないでしょう。惑星の状態が落ち着いた頃にもう一度現地調査をする必要があるとは思いますが…暫くは、大丈夫だと思います」
 おっとりとしたいつも通りのしゃべり方にふと笑みを漏らしながら、久しぶりに目にするルヴァの姿にリュミエールは目を細めた。
 不明な事象を解き明かし、その全容を理解する。そしてまた次なる不明を見出し、そこに在る真実を探求する。およそ『識る』という行為を好み殊更に傾倒するのは、歴代の地の守護聖に共通して見られる特徴なのだ、と聞いたことがある。
 調査から帰ってきた彼は出迎えた補佐官への挨拶もそこそこに研究院の研究室へと篭り、研究員達とつい先程まで惑星の状況について分析と検討を重ねていたという。一旦没頭すると、然程体力は無さそうに見えてその実どこまでも精力的に、そしてかなり無意識に『地の守護聖で在らんとする』のだ、彼の人は。
「長期の調査と詳細な御説明ありがとうございます、ルヴァ様。―――では引き続き、今後の態勢について検討したいと思います」
 調査結果の説明が終わり、補佐官の労いに笑みを返し軽く会釈をしたルヴァは、自分の席へと戻っていく。姿を視線で追うと、椅子へと腰を下ろし顔を上げた彼と目が合った。一瞬の間を置いて、互いに笑みを零す。互いに互いが気になっている。その心地良さにほんの僅か、肩の力が抜けた。
「当初必要とされるだろうサクリアをお持ちの守護聖様方を除き、私邸への帰宅を可とします。…とはいえいつ状況が変わるか分かりませんので、所在は明らかにして下さいますよう、重ねてお願い致します」
 入れ替わりで壇上へと上がった補佐官が、陛下に代わり指示をしていく。
 今すぐではないけれども、状態を安定させるために必要なサクリアのひとつに、自分の司る水のサクリアがあるという。ルヴァの調査を無駄にしないため、女王陛下の治めるこの宇宙の安寧のため、そしてなにより不安な日々を過ごしているだろう惑星に住む民のため。自然と伸びてゆく背筋にささやかな緊張感を覚えながら、リュミエールは緩く手の平を握り締めた。


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